徒然なるままに。
我が家の大猫さん(と、云っても私の事ではない。我が家では、娘は私の呼び名をおお猫こと呼び、息子はボス猫と呼ぶ)は、我が家に生後2カ月でやってきた。桃太郎のような美しい凛凛しさに「タロ-」と名付けた。2カ月…。?。6カ月ではないのかと思う程幼いときから大きい身体をしていた。いまや、体重9.2kg、身長はおでこの先から尻尾の付け根まで55cm程である。尻尾は太くて35cm程であるから、なかなか立派で見栄えのする猫である。芸能人に例えるならけして伊集院光さん(TBSラヂオの日曜の午後は欠かさず聞いています。健やかで明るい明日を約束してくれるような伊集院さんのお人柄が光っています。聴いたことのない人は、ぜひ一度。かっぱえびせんの魔力にかかるでしょう。)ではなく、豊川悦司さんである。しかし、その風体からおよそ似つかわしくなく、心根のやさしいおっとりとした性格である。一番の年長者でありながら何をするにも一番最後である。
2年ほど前の事である。小寒い春の日、カラスの声が騒がしいので、窓の外を覗くと真っ黒の塊が見えた。カラスの赤ちゃんの緊急事態発生かと救出に向かうと、その真っ黒の塊は産まれたての仔猫であった。目と耳と鼻は目やに鼻水でかぴかぴで口を開いて息をしていた。病院では、手術したばかりの入院患者が居るという事で我が家で預かる事になった。その頃、CooちゃんとLALAがやってきたばかしで、タロ-は、彼らに猫のたしなみを躾ていた最中である。しかし、勿論タロ-のことである。その息もたえだえの仔猫を抛っておくわけがない。次から次と溢れては固まる目やにや鼻水をきれいに舐めてやり、大きなフカフカの懐に居れて眠るのである。しかし、案の定であった。我が家の猫グル-プは、風邪にやられ、全員がぐったりし始めたのである。タロ-だけは健気に元気に皆の面倒を看ていた。私は、日に2匹ずつ病院に3往復する10日程が過ぎ、皆が元気になった頃、いよいよであった。タロ-が倒れたのである。それ以来である。松本医院の院長先生に、「ナイチンゲ-ルタロ-ちゃん」という有難いお名前を戴き、この辺りでは、未だにその功績を誉めていただいている次第なのである。
(その後真っ黒ちゃんは中里さんちの養子となり「カラちゃん」と命名された。)「忘却とは忘れ去ることなり」なんて古い台詞があるが、我が家の猫グル-プもすっかり大人ちゃんばかしになってしまい、今年で5歳になったタロ-は、我が身の栄誉も使命もすっかり忘れ去ったようである。時々画室にやってきて、「ニャ」と一言、ごろんと眠ったふりをするタロ-の平和そうな寝姿は、愛しさいっばいなのである。「あ-、今日も好い日なんだよね。タロ-!!」
タロ-は、「Is=Ness6」の猫さんです。ギャラリ-で見てね。 |