徒然なるままに
 
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猫じゃれ草
第34回

川口大臣に就いての感想。
「優秀な事務屋は、大臣として優秀であることは無い」
思うに。
世界外交は、ムネオよりワールド・カップでしょう。徒然なるままに。

 そうなのである。

 身に就いた習性なるものは、名札が変わったところで、名札が必要とする条件を満たすことは、なかなか難しいのである。そのことを、別けなく乗り越えていけるのは、「猫」なる生き物である。

 「猫」は、イヌとは違い、決して、ヤル気満満をちらつかせない。

 弱肉強食の世界において、明日を生きるために、私達は、遥か昔から、弱い者を食い物にして生きている。「狩り」という習性である。暫くすると、宇宙と繋がった自然の営みの中で、なかなかのしんどさを知った我我は「作物を得る」という行為に気付くのであった。数ある生き物の中でも、知的創造力の分野に長けていた我々が、「共に、明日を生き抜く仲間」として、更には、家族同様の生活を保障し、家の中へ招き入れたのが、数ある生き物の中から「猫」であった。

 何故ならば!
彼等は、知的感性に優れ自立した思考力を持つ。挙句、武蔵をも利休をも超える「自由自在」の極意を持つ。
「己があるから敵がいるのであって、己が無ければ敵も無い」
言わずと知れた、無の境地である。

 朝から晩まで、寝たふりを噛ます。あるいは、陽だまりの中のそよぐ風に戯れ、無邪気に転げまわる。しかし、彼等は、ただただ眠り転げまわっているのではなかった。好機を見計らって、そして、一気に行動に出る。この抜かりのない極意は、高尚な禅僧達もましてや佐々木小次郎とて、敵うものではない。

 何故なら!
彼等は、修行を必要としなければ、その道の世界を極めようというのでもない。
「猫」は、ただ、ここにいるだけなのである。

 「猫」は、変化しつつも不動である空間をも狩りして楽しむ。

 言葉を以って宇宙を浮遊した芭蕉も、庶民の求めるものに機敏であった日本一のアーチスト・北斎も、人生の伴侶に「猫」を選んだ。

 何故って!
「猫は、カッコイイ。」
から。