徒然なるままに
 
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猫じゃれ草
第2回

 

徒然なるままに。

 奇しくもその日は終戦記念日であった。あちらこちらの水際でのキャンプの不幸な事故が報道された。最も不幸であったのは、生まれたての若い人たちを巻き込んで、いい大人達の善悪の判断取捨選択の出来ない行為である。

 ちょうど、夏休みの直前である。「学級崩壊のある都内公立小学校、22.5%」の調査結果が出た。教育関係者を中心に多くの人達が、「どうして」「どうすれば」と思案している。

 この不幸な事故がそのおよその原因を語り、偉大なる大自然が、愚かな私達に「気づきなさい」と止めを指してきたように思う。

 「学習したことは、活かして生きる」猫たちの教育観である。

 Cooちゃんに、赤ちゃんが生まれたときのこと。彼女は、寝食を忘れてせっせと育児に励んだ。赤ちゃん達は、一日中おっぱいを飲んでいる。Cooちゃんは、一日中、暇なく隈なく一匹ずつ毛繕いをしてやる。それはもう毛繕い工場の女工さんのようである。産後間もないCooちゃんが一日中働き詰である。すっかり痩せ細りおっぱいだけが膨らんだその姿が不憫で仕様がなかった。

 しかし、やがてこの子らは自分で毛繕いをするのである。「身だしなみは、礼儀である」は勿論、彼らは、毛揃いの調子具合で天地の異変を察知するのだ。

 古い噂話であるが、彼らは、魔女の回し者と僻まれた時代があった。確かに、彼らの優れた五感と第六感は実に感動的である。しかし、彼らと暮らしていて思うことは、第六感とは、霊感と称されるものと違って、知的好奇心に趣く深い観察力や洞察力、探求心による体験と知識に基づくものであることが解る。

 猫に限らず、あらゆる生物は、何れや、独立した自分の一生という世界を生きる未来の生命を予言して教育に(人間は学歴なのかなー)に生命をかける。

 遥か昔の祖先から受け継いだものを、遥か未来の子どもに教え伝えて生きる。自然に生かされて生きるのである。このことは、生物全般の本能なのだと思うのだが。