徒然なるままに
 
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猫じゃれ草
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 はじめに…猫の絵を描くことは、ごく自然の成り行きはありましたが、あえて小難しい事を云えば、私にとって猫は、〈変化と統一を生む力学的要素が結合した、美しい調和の世界を生み出す生命あるもの〉と、思うところがあります。
体温、毛並みの湿り具合フカフカ具合、その変化する眼差し、それから友情と信頼に趣く人柄(?)や癖、その全てが愛しいと思うことで絵を描かされているように思います。

 徒然なるままに。

 10匹(7/1生まれの4匹の赤ちゃんを含む)の猫たちと暮らしています。

 世間的には、私が猫を飼っていることになっているのだけれど、実は、私が猫に飼われているのである。一日に何度も、彼らの生活に支配されていることに気が付くのである。否、「させられている」と云うほうが正しい。

 早朝5時、Cooちゃんが起こしにやってくる。一寸でも気がついたらその途端、その他大勢がやってくる。彼らはどんな些細なことも見逃さない。「ごはん」、「ぎゅうにゅう牛乳」、「お水」、「おきたら玄関はすぐに開けといてね」、「おしっこがもれそう」、「私のスタイルだいじょうぶ?ちょっと背中をなぜてよ」。彼らは待つ事を知らない。

 彼らが画室にやってくる。真面目にちゃんと絵を描いているのに、ちっとも遊ぶ気がないのにである。筆にじゃれる。絵具でフットボールである。たまに、パレットに足を引っ掛け、画室の床や棚に彼らは多彩な足跡を残す。

 「おつかれー」肩に乗ってほっぺや頭をなめてくる。

 「グルルルガルルル…」喉をならす。全員による「グルルル…」の大合唱に意志の弱い私は、ついつい一緒に昼寝をむさぼる始末である。眠ってる場合じゃないときに限ってね。

 暇そうにしているから、抱っこのサービスをしたら、さぁ大変。思索と云うお仕事であったらしい。唸り、爪を出し牙をむく。“セクハラなんか許さない。自分の人権は自分で守るのよ!”彼らは高潔なのである。

 彼らのイデアは、天真爛漫な自由な心で生きることにあるようである。人間のように、どこ彼の枠に填り、思想的だの社会的だのというレベルの低いイデオロギーではない根源的であるところが、彼らの圧倒的に愛すべき点であり、それが、私の内なる「IS=ネス」(存在性)なのである。